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2009年9月17日

マンモスの発掘

マンモスの化石は古くから掘り出されており、巨人や怪物の骨であるとされてきた。例えば、15世紀に発見されたマンモスの大腿骨は、「巨人の骨」としてウィーンのサン・ステファン大聖堂に飾られていた。

フランスの博物学者ジョルジュ・キュビエは、現生のゾウの骨格とこれらの化石の詳細な比較を行い、これら化石は現生種とはまったく異なる古代に絶滅したゾウの一種であると結論づけ、この化石種を「マンモス」と命名した。1796年王立科学芸術協会にて、キュビエは「現生ゾウと化石ゾウの種について」という題目でこの結果を発表している。ほどなく1799年にシベリアのツンドラ永久凍土から氷づけのマンモスが発見され(D・F ヘルツによると肉は新鮮に見えたという)、キュビエの考えに強力な裏づけが得られた。

シベリアで氷づけのマンモスが次々と発見されたことを受け、1860年にロシア科学アカデミーは、マンモスの完全な骨格を発見した者に100ルーブルを支払うというパンフレットを作成し、シベリアの住民に配布した。しかし、マンモスを冒瀆することで呪いを受けることを恐れたり、マンモス運搬に使役されるなどの面倒に巻き込まれることを避けるなどの理由から、発見されても報告されることはほとんどなく、破棄されてしまうなど、多くのマンモスが闇に葬られてしまった。

1900年、北シベリアのベレゾフカ川岸でマンモスが発見さたという通報を受け、1901年5月3日、ロシア科学アカデミーの動物学者オットー・ヘルツとオイゲン・ピッツェンマイヤーらはペテルブルク(現・サンクトペテルブルク)を出発した。鉄道で5月14日にイルクーツク、6月14日に馬車と舟でヤクーツクに、9月9日に現地に到着した。マンモスは腐敗するも残存した頭蓋骨と地中に埋没した下半身という半ば立ち上がった姿勢をしていた。これを運搬用に解体し、1902年2月18日に帰還した。復元された標本はベレゾフカのマンモスと呼ばれ、皇帝・ニコライ2世とアレクサンドラ皇后も見学した。このマンモスは腰と後ろ足の骨を骨折していた。また歯の間や胃の内容物から植物が発見されその食性があきらかとなった。

1977年、シベリアにて赤ん坊マンモスの死体が掘り出された。生前の姿をほぼ完全に残したこの赤ん坊は「ディーマ」と名づけられた。ディーマは体高90cm、体長120cm、生後6~12か月のオスの赤ん坊であり、約4万年前に死亡したと考えられる。ディーマは保存処理がなされた後、臓器、筋肉、脳、血液などについて生化学的、解剖学的調査がなされた。

氷づけのマンモスから取り出したDNAの断片を現生ゾウのDNAと比較することで、これらの種の遺伝的な関係を明らかにするという研究がなされている。また、マンモスのDNAは長い年月の間に分解され断片化しているが、完全なDNAが見つかればクローン技術によってマンモスを復活させることができるかもしれない。氷づけのマンモスから、完全なDNAが残されている細胞核を取り出し、現生ゾウの卵細胞に注入することで、マンモスの復活を果たすというものである。上述のディーマからは完全なDNAを取り出すことはできなかったが、必要なDNAを得るべく、氷づけのマンモスの探索が続けられている。

2007年、ロシア西シベリアの北極圏を流れるユリベイ川付近で約1万年前に絶命したとみられる生後1年ほどの雌の凍結マンモスがほぼ無傷の状態で見つかった。

『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

マンモスの全身骨格模型を見るとマンモスの大きさがよく分かります。

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